1999年6月24日(木) 開眼

朝、目覚めると暗い。そうか、窓の雨戸が開かないんだった。窓がほとんどない暗屋で過ごした香港を懐か しく思い出しながら、着替えて朝ごはんを食べに下りた。ここでも朝食はパンと飲み物。パンはクロワ ッサンとフランスパン。まるであきたこまちをおかずにコシヒカリを食べているようだ。それに飲み物 はカフェオレとオレンジジュース。しかもカップが異様にでかい。たぶんフランス人たちの身体って、 三分の二くらいはこれでできていると思う。こんなに飲めるかー! と心の中 では星一徹ばりに机を ひっくり返しながら、一人クスクスと楽しく頂いた。なんとなく、今朝は気分がいい。

さて、こんな田舎でも本当に使えるのか?と半信半疑ながらVISAカードでチェックアウトして 外へ出た。日差しがまぶしい。うわぁ!今日はいい天気だぞー。昨日のホテル前で、日本人コックさん が待っていてくれた。今日は彼の仕事がオフだというので、親切につきあってくれるというのだ。ううう、 何て優しい人なんだー。しかも彼はおじさんたちに頼んで、僕の分の自転車まで借りてくれた。うおー! 自転車!この甘く切ない響き、近代科学の粋を集めて作られた最強の アイテム。これであの橋を渡れる!早速彼に頼んで、セーヌの対岸へ、いざ。

公園事務所。左がお借りした自転車 昨日あれだけ長く、きつかった道のりが、今朝はなんて爽快で清々しく思えるのだろう。地獄の 入口のように見えた橋への登り口も、難なくスイスイと登っていけた。感謝感激。途中、昨夜泊まった ホテルのおじさんが、車ですれ違って手を振ってくれた。こんな異国で、自分に手を振ってくれる人の いることに、何というか嬉しかった。橋の上から見たセーヌ川流域は、やはり日本のそれとはかなり 違っていた。山がない。ノルマンディはパリからみたらお洒落な近郊 田園地帯であり、熊本からみた阿蘇と近いものもあるのかなーと想像していたのだが、どうなのだろう、 よく分からない。ただ、ウシはいた。そののんびりと草をはむ姿に 阿蘇を思い出しながら対岸に渡り、いよいよコアミュージアムである公園事務所に辿り着く。

左から機織機、洗濯機、ミシン そう広くはない館内をぐるりと廻ると、この地域の説明パネルや、それにちょっとだけだけど、昔の 民具も置いてあった。木製の樽に、グルグル回すハンドルがついている。これ何だろねー?などと 二人で話つつ、隣のおばさんに聞いてみると、身振り手振りで教えてくれた。やはり、昔の 洗濯機である。ワイン樽を使っているところが如何にもフランスっぽい。 グルグル挟んで水を抜くところなんかは日本と同じだなーなんて妙に感心した。フランスのこういう 施設はどこでもそうだが、いつも子供たちの団体が多い。そして彼らはたいてい興味津々で、すぐ僕ら に「中国人?日本人?」と聞いてくる。日本人だよ、日本語話せる?などと冗談を云うと、ノン ノンと照れながら皆で笑う。 無茶苦茶かわいい。やっぱ、子供は世 界中かわいいなーと思う。パネルには先ほど見たウシの説明などもあり、なるほどこれを見てさっきの 景観を見れば歴史やらが分かるわけで、実際の生活空間が展示室になっているのはさすがエコミュゼ かなあ、などとも思った。しかし、どうもイマイチ、エコミュゼに来たという実感が湧かない。何しろ エコミュゼのエの字もないのだ。だが、ここでようやく気がついた。
僕はいつのまにか、 「エコミュゼ」を無理に探していないか?

それはパリを見るだけでも分かる。どこを見ても日本で云う街並み保存地区 であるこの国では、 文化を守るとか地域を大切にするとかいうことは、すでに前提なので ある。自分は、地域をより豊かにしようとしてエコミュゼに注目した。でも、いつのまにか、 地域よりも、エコミュゼだけに関心を示すようになっているではないか。この国を見よ、地域が豊かで あれば、何もエコミュゼなどとわざわざ云わなくてもいいのである。そんなことを云わなくても、人々は優しく、 心豊かで、地域に誇りを持って生きている。エコミュゼはあくまでも手段であり、 目的ではない

そんな忘れていた基本中の基本を、ようやくこんな異国まで来て思い出した。そしてはっきり云えば、 フランスと日本とは違い過ぎる。フランスの物真似だけをやってちゃ駄目だ。というよりむしろ、 日本は日本のエコミュゼを構築すべきである。そのためには、 フランスの「形」だけを持ってきても駄目だ。フランス人の、地域を愛する情熱を持ってこなくては 意味がない。

ルーアンの時計台。何度くぐったことか そのことが分かって、ぼくの旅は終わった。ぼくはお昼ご飯を彼と一緒にとると、日本での再会を 誓ってルーアン行きのバスに乗り込んだ。こうしてフランスで一人で頑張っている日本人もいる。 僕もやらねば!結局、やるか、やらないかである。昨日、4時間 以上もかけて歩いた道のりを、バスはたった 20〜30分たらずで駆け抜けた(途中、運転手のおばちゃん がバスを降りて無駄話をしているのにはオイオイと思ったが)。ルーアンに着くと、パリに戻ろうか どうしようか迷ったが(パリは宿泊費が高いので、地方で宿をとってから朝入ったほうがいいだろう かと思案したため)、やはり今日のうちにパリ入りすることにした。自分のやることが分かった以上、 昨日まで心地よく感じていたルーアンののんびりしたたたずまいが合わなかったからである。

早速パリに戻ると、手持ちのフランがなくなっていたので、通りを息巻いてなるべく日本円の高い 両替屋を探し、ついでユースホステルを探してみた。地図が分からずさんざん探した結果みつけた そこは、思った以上に清潔で、しかも朝食付きのたった120フラン(約2400円)! ナイス!ユース! なんだ、ユースってすごくいいじゃん、最初から入っとけばよかった!思わず気を良くした僕は、 夕食の買い出しに出掛け、近くに見つけた美味そうな中華料理店で点心などたらふく買い込み、 ついでに路地裏の商店で安い麦酒も数本買い込み、部屋に戻って同室のノルウェー人たちに振る舞って 杯を交わしたのであった(こうして彼らと話すきっかけをつくれば、お互い怪しい人物ではないことが 分かるので、(比較的)安心して荷物を置いたまま外出やシャワーなどに出てることができます。 旅先の相部屋でよく僕が使う手なのでご紹介しておきます)。久しぶりに心安らぐ夜となった。心なしか 肩の痛みも和らいでいる。さて、飛行機は明後日だ。明日一日気持ちを最終調整して、いよいよ 日本に戻るぞ!