演奏後記 2009年演奏後記、再開します。これからは演奏以外の雑記なども気が向いたら掲載しようか、と思ってます。 マメに更新はたぶん無理だと思いますが、宜しくお願い致します! チケットのご注文やお問い合わせは後藤 monogurui5015@yahoo.co.jp までメールお願いいたします。 2002年 2005年 2006年 2007年 2009年 2010年 書く書くといいながらかなり長いこと更新しなかった演奏後記。筆無精、パソコン無精 というのもあるが、きちんと報告を書こうという真面目な態度が(?)かえって更新から気 持ちを遠ざけている(…)のだと思った(!?)。掃除を始めると、とことんやってしまうので それを想像すると面倒臭くなり、結局やらずに部屋が汚れるのと似たようなものだろうか(笑)。 都合の良い言い訳は置いといて、これからは気軽に報告なり日記風の文章などを載せ ていこうと思ってます。 またちょっと間があいてしまったが、いくつかかいつまんで御報告したいと思う。
ストリート・アートプレックスは、熊本市の繁華街=下通り〜新市街の 一帯で定期的に行われているストリート・イヴェント。今回はその拡大版で、熊本県内外 の多数のミュージシャンが出演、私は後藤幸浩トリオで演奏させて頂いた。このトリオで は9月13日にヤズーで初単独ライブをやったばかりだが、野外ということで琵琶はピッ クアップ・マイクで音を拾った。音量的にずいぶん楽になったし、ベースもエレアコに種 類を変えたので音色の相性もかなり良くなったと思う。また先が楽しみになった。 ボランティアの方も含めかなり多くの方々がかかわっておられ、全体の打ち上げもかなりの盛 り上がりだった。頼もしいイヴェントだ。 10月の初旬は十五夜というこ ともありお月見関連の演奏もあった。4日は、5月の母の日にも演奏した東京の八王子 のグループ・ホーム“びおら”の施設の屋上で。日本酒と月見の会で天気も良く、月をバ ックに演奏という恵まれた雰囲気になった。
5日は熊本市の加藤神社で。ライヴ情報には詳細が間に合わなかったが(会員制の企画 だったので御容赦)、民謡の福 島竹峰先生が主宰されている“肥後悠久の会”に呼んで頂いた。雨模様で残念ながら室内 での会になってしまったが、民謡、詩吟、歌謡曲などさまざまなプログラムで賑やかに進 行。民謡は歌、三味線ともに勢いがありこうした宴にはぴったりだ。他もごらんの通り“ 歌”が中心のジャンル、やはり邦楽の基本は“歌”だということを納得した。 10月2日は渋谷の国境の南で尺八の小濱君と。場所、デュオともに久々。若干今までと曲順 を変え、新曲も入れたらまた雰囲気も変わり面白かった。それぞれの精進(?)が音に反映さ れるのでまだまだ先も楽しみ。お得意さんも数多くいらして頂き、ありがとうございまし た。ライヴの様子は11月27、28日にお世話になる萩ガラスの会のブ ログ、(有)HA2「座談会」にアップされています。 また、小濱君には9月28日の、学習院大学の“総合基礎科目〜日本の伝統芸 能”での演奏、講義にもゲスト参加して頂いた。学生のアンケートを読む限りは、狙いは ある程度伝わっていたようなので一安心。
9月24日はお彼岸の法要の後での
演奏を、熊本・小川町の曹洞宗・妙音寺さんで。昔ながらののどかな雰囲気で、こうした
お寺での演奏はやはり琵琶の原点だ。
9月5日(土)は熊本城の本丸御殿で演奏させて頂いた。“熊本城本丸御殿・秋夜の宴”という企画で、 熊本城の夜間開園に合わせ9月〜11月の毎週金・土曜に和楽器を中心にしたコンサート 他を行うというもの。 前日5日の釼(つるぎ)光道さん(尺八)と彼の社中=若菜会の演奏がテレ ビや新聞で紹介されたり、土曜日ということもあってかたくさんの方に来て頂いた。復元 された本丸御殿で、しかも生音、ということで演奏する側にもかなり贅沢な体験となった 。題材は御殿の
“昭君の間"にちなんで「王昭君」(薩摩琵琶古歌で史実とはやや異なる)、
西南戦争にちなんだ「城山」(西郷隆盛は熊本城を攻めた側だが、相対したものにも敬意を
表するということで)など古典を中心に構成。まだまだ熊本は残暑厳しく、冷房は建造物保
護のため入れてないので汗だくの演奏となったが、気持ちよく終了することが出来た。暑
い中最後まで聞いて頂いた来場者の方々には感謝・感謝だ。しかし、考えてみると昔は冷房などなかったわけで、この時期に もし演奏などが行われていたとしたら(間違い無く、今ほど暑くなかったとは思うが)、今 日みたいな感じだったのかと若干感慨深いものがあった。 今日(8月7日)は初めて花火大会で演奏した。熊本県玉名市の花火大会で、そのゴージ ャスさは地元でも有名だ。花火打ち上げの前に、上田圭子さん(キイボード・アレンジ)、 栗谷佳寿代さん(フルート)、木野聖子さん(パーカッション)のメンバーによる映画音楽が 数曲。クラシカル、ジャズ、ボサ・ノーヴァ風とさまざまなアレンジで、夏の夕暮れには ぴったりだった。その後、私、ダンスの山田真由美さん・吉村昭則さんがゲストで加わりNHK の「風林火山」と薩摩琵琶の古典「川中島」を合成した曲を演奏。 こうした編成では初めてだし、古典ベースとはいえ展開やアレンジもかなり思い切ったので、なかなかスリリ ングだった。野外なのでPAのバランスなど難しかったが、初めての編成・顔合わせにし ては合格だったかと思う。 花火打ち上げ中の前半は、琵琶とキイボードで即興的に演奏。花火を見ながらで、風のせいもありステージの 真上に花火が上がる状態だったので花火も充分に堪能させて頂いた。噂通りの すごい花火の連発で、かなり贅沢な時間だった。写真は帰国子女/留学中の美・才女3人の 演奏風景(最後のお客さん見送りの曲)と花火。私の写真があると暑苦しいので(笑)、今回 はこれで是非涼んで下さい。
選挙戦が始まったからというわけではないが、今日(7月28日)は地回り的なPR演奏をや らせて頂いた。11月、12月と熊本で、県の邦楽協会がかかわる大きな演奏が行われる からだ(そのうちライヴ情報にもアップします)。熊本県邦楽協会会長の釼光道さんの 行きつけの小料理屋“志みず”で、尺八は「鶴の巣籠り」他、私は「波の下にも(平家)物 語より」 「五木の子守歌」 などを演奏。初めて聞く、というお客さんがほとんどだった が、興味を持って頂いたようでひと安心。お店の大将の志水さん、最後まで演奏にお付き 合い頂いた常連の皆様ありがとうございました。こうした地道なPR演奏はこれからもっと もっと増やしたいと思う(写真は釼さん、大将とこの日がバイトの最終日だったまりち ゃん、お客様)。
最近ちょこちょこバンドをやっている。私(歌・琵琶・ギター)、熊本の、ソウル〜ブル
ーズ〜時々ラテン/ワールド・ミュージック・バー=ヤズーのマスター(パーカッション)、
高取直樹さん(ベース)という編成だ。ずいぶん前、高取さんとデュオのライヴをやって以
来少しずつ続けている。この間はヤズーのお客さんで私のライヴもよく見に来て頂いてい
る、川口さんの厄払いのパーティーで演奏。その時からヤズーのマスターも参加した。最
初はギター中心で趣味のバンド的にやろうと思っていて、レパートリーもいわゆるオヤジ
・バンドがやりそうな曲が多く、川口さんのパーティーの時は川口さんがお好き、という
ことで山下達郎の「ライド・オン・タイム」なんてのも…やった。「五木の子守歌」は、
一応本業の宣伝も兼ねて演奏していたが、だんだん琵琶の曲が増えて来て、ちょっと腰を
据えてやってみようか、という感じになっている。
今日(7月19日)は熊本市の某ライ
ヴ・ハウスで演奏。曲はギターの部がジュニア・
パーカーの「Next Time You See Me」 、ティト・プエンテの「Oye Come Va」、青江三奈
の「恍惚のブルース」 。琵琶の部が「うたえやうたえ」 「恋して眠れ」 「五木の子守歌
」 。ギターは私は素人だし、英語、ましてやスペイン語の歌などとんでもないので、徐々
に日本語だけにシフトしたいー。琵琶の部はこんな編成で誰もやらないだろうし、ラテン
とかジャズとかタイトな音楽をやるわけでもないので、焦らずユルユルと形にしたいと思
う。今日は初めて3曲琵琶の割にはイメージどおりに行ったかも。ライヴは対バン(私の小
学校の同級生が参加)もあるシステムで初心に返った感じでなかなか良かった。またライヴ
情報にアップしますが、9月13日(日)にヤズーでやりますので宜しくお願いいたします
!
久しぶりに後藤幸浩・小濱明人デュオの演奏が、今回は3日続いた。まずは6月14日(日)。アルバム『ミチノネ』のエンジニアをやっていただいた中田太三さんのグループとの ジョイント・ライヴで、“ウタタネ、ミチノネ”のタイトル。中田さんのグループ=ウタタ ネは中田さん(雅楽琵琶・笙)、浜根由香さん(唄・箏)、太田豊さん(龍笛・高麗笛)の編成 。私たちはミチノネというグループ名ではないが、語呂が良いのでこうしたライヴのタイ トルに。
ウタタネは雅楽のテイストを生かし(雅楽の曲もある)、楽器の数は少ないなが ら、唄も含めた豊かな音色で現代と過去の時間感覚を行き来するような不思議な音世界を 聞かせてくれた。静かに音が立ち昇って来るアンビエント的な要素は心地よいし、万葉集 などの古歌に取り組む姿勢もとても共感できる。後藤・小濱デュオと好対照で面白かった のではないかと思う。
2つのグループの間に五十川真子さん(本職は箏の弾き語り)の四弦筑前琵琶、 中田さんの雅楽琵琶、私の薩摩琵琶のセッションを挟み、最後は「恋して眠れ」を全員で 演奏。日曜日の午後にもかかわらず、お客様も大勢で充実したライヴだった。 太田豊さんはずいぶん前に“渋さ知らズ”で御一緒したことがある。打ち上げはそのころの話や、 和楽器は究極のモード楽器だ、なんてことでかなり盛り上がりました。ウタタネの皆さん お世話になりました。
私が一昨年からやら
せて頂いている、学習院大学の“総合基礎科目〜日本の伝統芸能”の講義のひとつを、今
年から小濱君もやることになった(今まで尺八は無かった)。6月15日はそれに私がゲス
トで出席し、「おんなぬこ」と「開-KAI」を演奏。小濱君の講義は非常にわかりやすく、
演奏も古典本曲を中心に民謡、一節切(ひとよぎり)、天吹などもあり尺八の奥深さが十分
伝わってきた。西洋音楽で言う1音程の間に、音色も含め無限とも思えるような音があるの
は琵琶と同じで、これは“和楽器が究極のモード楽器
”という話にもつうじてゆく。虚無僧が天蓋(網笠)をかぶるのは、宗教的な意味合いから
自己の存在を消すため、だそうだが、自己の目線を意図的に消し、ある意味では盲僧と同
じ立場に立とうとしているようでかなり興味深かった。私の講義は9月28日だが、その
際には小濱君にゲスト出席して頂く予定。デュオ演奏は学生さんにも好評だったようで良
かった。明くる日はこの基礎科目の講師の懇親会が学内で行われ、そこで演奏。歌舞伎 、講談の大・大先輩も参加しておられ、二次会でも貴重なお話をいろいろ伺えた。ありが とうございました。 今、専修大学の三曲研究会に和楽器の合奏用の琵琶のコーチに行っている。2曲のうちのひとつが“子供のための組曲 ”というよく学生邦楽でも取り上げられる曲。私も学生のサークル時代に演奏したり後輩 に教えたりしたので、懐かしくてたまらない。
以前から楽しみにしていた企画が今日(5月31日)実現。昨年の12月8日、成道会で 演奏させて頂いた曹洞宗・泰巌寺さんで“初夏の古寺で、琵琶弾き語りの夜”と題しての 会。泰巌寺さんはいわゆる昔ながらのお寺。畳敷きの本堂や緑も映える気取りの無い庭な ど、熊本市中心街からすぐのところにありながらタイム・スリップしたような感覚におそ われる。そんな雰囲気の中、精進料理、お酒、琵琶を楽しんで頂こうというもの。昔、昔 はこんな環境で琵琶も聞かれていたのでは、と想像してみたい、という企画でもある。 幸い天気も良く、予定していたよりお客さんも多めに来ていただき感謝・感謝。窓、扉も 開け放ち、初夏の風を感じながらの演奏はやってる方がまず気持ち良い (若干、楽器の調子が悪かったのが残念だが…)。曲は「うたえやうたえ」、万葉集の月を詠んだ歌にメロディ ーをつけた新曲、やはり万葉集からの「熊凝のうた」、要望があったので「ムカデの使い」、
「木曽最期」のパート3、お寺でもあるし、亡くなった方への追慕も念もこ
めて「酔弦」、最後は「我が子は二十に」 。企画を快く引き受けてくださり、丹誠込め た精進料理を出して頂いたご住職・磯田浩隆さん、ほんとうにありがとうございました、 お疲れ様でした。また、準備の段階からいろいろ相談に乗っていただいたバー・YAZOOの御 夫妻にも感謝です。お客様も最後に食器も片付けて頂きありがとうございました。終了後 の宴会で最後の最後に、ご住職の衣装を借り2曲ほど演奏してお開きとなりました(久々の 全編正座演奏で明くる日脚が若干痛かった…鍛え直し必要)。 5月の半ばに、学生時代の和楽器サークルの後輩女性が膵臓ガンで亡くなった。44歳。 若すぎる。 サークルにいた頃、一方的にとても好きな女性だった(いろいろ迷惑もかけて、OBになってから 詫びをいれたことがある)ので知らせを聞いたときは、さすがにショックだった。OB会以来もう何年も 会ってなく、学生当時の気持ちだけぽっかり宙に浮いて残ってしまった感じでとても寂しい気がする。 亡くなった日も私の誕生日の翌日だったので、一生忘れることはないだろう。 しかし、これは私の単なる個人的なノスタルジー。ご遺族の方の気持ちはもっともっとヘヴィーだろうし、 何よりも故人が一番無念だったろうと思う。 半年に渡る闘病記ブログが残されていたので、読んだ。医療に対する問題意識・ 問題提起、少しでも治して仕事に復帰したいという切実な思い、アクセスしてくる同じ患 者さんへの参考のためだろうか自分が受けた・試した治療や薬にかんすることなどなど… がしっかりした前向きの文章で記されていて頭が下がった。どうしても弱 気になってしまう部分も素直に記してあり、こうした部分はさすがにいたたまれない気持 ちになってくる。 私の父親も膵臓ガンで亡くなり、やはり起き上がれなくなるまでノートに日記を付けていた。 最後の2ヶ月くらいは母親も入院したので私がずっと付き添ったが、その時のことも思い出したし、 自分が同じ病気にかかった場合、果たしてしっかり自分と向き合えるか、という自問自答を してみることにもなった。 通夜では本人によるお別れの言葉が、写真とともに入り口のテーブルに静かに置かれていた。 今のこの瞬間を大切に生きて欲しい、というような内容で、よく口にする人も多い言葉だが、最後までちゃ んと“生き抜いた”人から発せられると相当な重み、説得力を持つものだ。ガンの激しい 痛み、無念さ、健康だった時期も含めさまざまなことを“生き抜いた”タマシイは、力強 いものになっていることだろう。そのタマシイでもって、縁のあった人々が皆しっかり生 き抜けるように見守ってくれたらと思う。 自分の曲の引用は恥ずかしいが…“お別れするのはさみしいけれ ど あなたの笑顔は私のそばに ずっと”…やはりこんな気持ちだ。
5月11日(日)は西八王子のグループホーム“びおら”で行われた、母の日の感謝
コンサートで演奏させて頂いた。グループホームは認知症などを抱えたお年寄りが入居し
、集団生活をする施設。“びおら”さんは家庭的で細かい配慮も行き届いた施設だ。入居
者の御家族、職員の方々の他、地域からもいろいろな方がいらっしゃった。前にも書いたと思うがこうした現場では、普段から“伝わる”演奏が出来ているかが試されるので、 ある意味怖い部分もある。30分位の演奏だったが、喜んで頂けたようなので一安心だった 。終わってから施設の専務にいろいろ話を伺う。自分にとっても人事ではないので、こち らもかなり勉強になりました。写真がちょっと暗いのでそのうち差し替えます。
3月のライヴ情報で、岩波書店の雑誌『文学』の特集に向けた研究会「ノイズー耳の文学」に
参加することをお伝えした。その主宰者、兵藤裕己先生(学習院大学教授)の著作『琵琶法師―
〈異界〉を語る人々』(岩波新書・新赤版1184)が4月に発売されている。“モノ語りとは〈異界〉のざわめきに声を与え、伝えることである──皇族や将 軍に仕える奏者として、あるいは民間の宗教芸能者として、聖と俗、貴と賤、あの世とこ の世の〈あいだ〉に立つ盲目の語り手、琵琶法師。古代から近代まで、この列島の社会に 存在した彼らの実像を浮彫りにする〜”…カヴァー裏のリードからの引用だが、まさにこ の通りの内容。熊本の“最後の琵琶法師”山鹿良之氏の貴重な演奏映像を収めたDVDも付録 として付いているし、先の研究会の趣旨も本書「序章」から読み取れる。私が簡単に紹介 して誤解を与えてしまうとマズいのでコメントは避けたいが、私たち演奏者にも充分刺激 的な内容であることは間違いない。 私の場合は裸眼ではほとんどハッキリものが見えず、コンタクトも合わないが、眼鏡を かければとりあえず見える。琵琶を弾いてはいるものの“盲目の琵琶法師”ではない。しかし、 “琵琶法師”の精神は少しでも引き継ぎたいとは思う。よく、上から目線、下から目線とか 言うが、その“目線”という発想からまず離れてみたい。見えるくせに“目線”を持たないと いうのも矛盾した話だが、洋の東西を問わず、私が好きな歌手の中には(晴眼者なのに)“目線” を持たない歌を歌えている人は何人かいる。“表現”というニュアンスではなく、ある意味、 仏教の“空”に近いニュアンスなのかも…仏教の修行をやったわけでもないからエラソーには 言えないが、少しずつでも“目線”を無くす境地に近づいて行ければ良いかと思っている。 ![]()
4月29日に演奏させて頂いた浄国寺の、松本喜三郎作“谷汲観音像”は非常に美しい、というか 写実性の高さが逆に奥深い異界感につながっていて、拝んでいると全く違う世界に連れて行かれそうな感じだった。 久しぶりに観音様がらみの「酔弦」も演奏。ベーシストでもあるご住職と「五木の子守歌」 「我が子は二十に」の2曲をセッションした。お寺の敷居を出来るだけ低くしたいと、いろんな企画をやっ ておられるご住職です。 ![]() レコード・コレクターズ5月号、マイ ルズ・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』の特集の中で、モード・ジャズとロックの 関係などにかんした“モードの持つムードが音楽を豊かにする”という、比較的長い文章 を書かせて頂いた。関連アルバム選もあり幅広い視点からの特集なので、ロック好きな方 も是非ご覧頂ければと思う。もうすぐ次号が出ますのでお早めにどうぞ。琵琶も古典にし ろ、新しく曲を作るにしろモードに拠っているのでいろいろ勉強になりました。 |